母の味を忘れずに僕は残したい

料理をする母の手元を写した写真

(母)「私の料理を写真とか撮ってレシピを残したい?そんなの恥ずかしくて無理!」

(私)「いやいや、そこをなんとか…」

先日実家に帰省した時にこういうやり取りがあり、母は渋々とそれでいてどこか楽しそうに料理をしてくれて、僕は写真を撮ったり、聞いたレシピをまとめたりしていました。

急に母の味を残したくなった気持ちについて、今日はまとめていこうと思います。

母の味は気がついた頃に失われている

母はまだまだ元気ですが、1年後、5年後、10年後を考えれば、いつまで元気でいられるかって正直誰にも分からないものです。

実家に帰ると母はキッチンに立ち、得意料理から普段の何気ない料理まで作ってくれますが、いつかキッチンに立って料理をすること自体難しくなる年齢がやってきます。

順番でいえば母のほうが先に亡くなりますが、亡くなったら母の料理は味わうことができません。
以前ネット記事で、亡くなった母の味を再現しようにも、レシピも残っておらず後悔したという話を目にしたことがあります。

「あぁ…どうして聞いておかなかったんだろう」と後悔の気持ちが募るなら、元気なうちにレシピを教わりたいと思ったのです。

母の料理で僕は大きくなった

身長が高く大柄な私(187cm)ですが、ここまで大きく育ったのは遺伝的な部分?もありますが、成長期にしっかりとご飯を食べてよく寝たからだと思っています。

寝るのは簡単だけど、ご飯はやっぱり母が作ってくれた料理があったからこそ。

小さい頃から何気なく食べていた母の料理も、実家を離れて一人暮らしをする期間が長くなれば長くなるほど、毎日料理を作ってくれた母への感謝の気持ちが強くなります。

自分も作る側になったからこそ母の味を

大学進学を機に一人暮らしを始めてからというものの、いつでも料理に対して「むつかしさ」を感じます。

本屋で売られている料理本やネットで見るレシピは、多くが「簡単」や「手軽さ」を売りにしていて、たしかにそれは簡単です。いや、たしかに料理をするだけなら簡単は簡単なんです。

ただ、「おいしくて栄養がある」みたいに、掛け合わせで料理を考えてみると、毎日料理を続けるって相当大変なことだと思うんですよね。

料理本やレシピサイトを見ては作る生活でしたが、ある日ふと「おや?なんか違う…」と思ったんです。
そういうのを見るのもいいけど、いつも身近に料理を作ってくれていた母こそ、何よりも料理の先生ではないかと。

自分も料理をするようになり、多少のことが分かるようになったから、母の味を引き継いでみたいという気持ちが芽生えてきました。

終わりに

実家と今住んでいる場所は距離があり、いつでも気軽に帰れるというわけではありません。

でも、帰った時に「母と一緒に料理をする」という楽しみができました。

母も最初は恥ずかしがっていたけど、息子である僕と一緒にキッチンに立って料理をするのは嬉しいようです。

いつかお別れの時がきても、母の味は僕がきちんと引き継いでいこうと思います。

だからまだまだ元気でいてほしいし、一緒に料理を楽しめる時間をこれからもつくっていきたいです。

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