大坊珈琲店と大坊さんを初めて知ったのは、僕がまだ大学生の頃。
2014年に出版された『大坊珈琲店』という本を読んだ時、写真から感じられる芯のある美しさ、たくさんの方から愛されるその珈琲店の姿に感動しました。
しかし、時すでに遅し。お店は閉店された後で、大坊さんの珈琲はもう飲めないのかと悲しんだ記憶があります。
それから年月が経ち、「初釜・大坊珈琲を味わう会」という年始のイベントがあることを知りました。場所は目黒区にあるギャラリー「ふげん社」さん。今回運良く参加できることになりました。
今回は写真を交えながら、イベントの様子や大坊さんから伺えたお話のことも皆さんにお届けします。
初釜・大坊珈琲を味わう会の様子
イベント当日、はやる気持ちを抑えつつ居ても立っても居られず、一番乗りでふげん社さんへ。今日のおしながきはブレンドの3番と4番。それに大坊さんが焙煎された豆を100gいただける贅沢なイベントです。
メニューが番号?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、その理由は最後のほうに出てきます。
順を追って話していきますね。
席に座って待っていると、大坊さんご夫妻がやって来て、準備を終えられました。
大倉陶園の珈琲カップは、いつ見ても本当に美しいと思います。当時お店で実際に使われていたものを持ってきてくださったそうです。
ブレンド3番の抽出
そして、大坊さんからのご挨拶があり、いよいよ抽出が始まります。まずはブレンド3番から。
参加者全員の視線が、大坊さんとその手元に集中します。写真撮影は自由とのことでしたが、自分を含めた誰もがしばらくの間、大坊さんの所作に目が釘づけになっていました。
それはまるで、儀式を見ているかのような。大げさでも何でもなく、本当にそう思える時間だったのです。
ドリップポットから注がれるお湯は糸のように細く、時おり点滴のようにポタポタッと滴ります。
左手に携えたネルフィルターを動かしながら、お湯が豆の中を行き渡るように抽出されている姿が印象的でした。
そして、自分のもとにブレンド3番が届きます。
ブレンド3番。20g 100cc。
口にゆっくり含むと、まず甘みが広がり、その後に苦味がやって来ました。
少しビターが強いチョコレートのような甘みと苦味、それに熟成させたアプリコットのような香り。焙煎から来るであろう、やや枯れたニュアンスも感じさせつつ、飲み下すと甘みの余韻が長く続きます。
ちなみに、大坊さんが普段行うご自身のテイスティングも、味わいの感じ方は甘みから苦味なんだそうです。
これまで、大坊さんの系譜を受け継ぐ方の珈琲をいただく機会が何度かありましたが、それらとはまた違うような。珈琲は焙煎する方、抽出する方によって味が異なるおもしろさを改めて感じました。
ブレンド4番の抽出
続いてブレンド4番の抽出へ。
ブレンド4番はいわゆるデミタスです。量が少ない理由は、その珈琲豆が持つ一番良い部分だけを、時間をかけて少しずつ抽出していくから。
真ん中から点滴のように静かにお湯を落とす様子は、早くから全体にお湯を通していくブレンド3番とは異なる抽出方法のように思えました。
ブレンド4番。25g 50cc。
濃いといっても、ドロッとしているわけではなく、かといってエスプレッソのように苦味が強いわけでもありません。
雑味のような印象もなく、甘・酸・苦の三位一体を感じるような味わいでした。
すべての抽出を終えた大坊さんは、緊張から解き放たれたようにフッと笑みを浮かべて、それから質問タイムに入りました。
大坊さんとの質問タイム
それぞれの参加者が気になっていることを大坊さんに聞ける時間でした。
たとえば、大倉陶園の珈琲カップに出会った話。これは、神戸の三宮にある老舗「茜屋珈琲店」がきっかけだったそうです。
大倉陶園の珈琲カップは美しいものでしたが、デミタスに関してはご自身が納得できるものを探し続けた結果、ぐい呑みをデミタスカップに見立てるスタイルになったとのこと。
他にも焙煎のお話、かつて吉祥寺にあった標交紀さんの「もか」、大坊さんがかつて修行されていた「だいろ珈琲店」のことなど、おもしろい話をたくさん聞けました。
一番印象に残った大坊さんのお話
お開きの時間が近づいたなか、僕がどうしても大坊さんに聞きたかったのが「味覚」に関することでした。
僕としては、体調・気温・気候・時間によって味覚が異なると思っていて、大坊さんが普段のテイスティングなどで決めていること・意識していることは何か?を質問しました。
大坊さんは一瞬考え、次のように教えてくださりました。
「たしかに味覚はおっしゃるとおり、体調・気温・気候・時間でも変化すると思います。あと、食前・食後とかでも。だから、私はメニューに番号をつけたんです。それまでは、珈琲豆の産地の違いでしか、珈琲を選べないことばかりでしたから。お客様の気分・体調・お腹の具合でも選べるようにしたんです」
「自分のテイスティングに関していえば、体調が悪いとか時間に関係なく、自分の味覚は絶対に変わることないと、自分自身に言い聞かせ続けてきました。それは自分の劣等感から来ていたもので、自分で決めた味を作り続けたかったんです」
「味覚は人それぞれ違いますから、合う合わないはありますけれども、そこにばかり目を向けてしまうと、自分の軸がブレてしまいかねないんです」
「もちろん、テイスティングはみんなでやってましたから、みんなの意見を取り入れやすい雰囲気・聞き方を大切にしていました。でも、最終的に味を決めて、信じるのは自分自身なんです」
劣等感については、大坊さんの著書『大坊珈琲店のマニュアル』をご覧いただければ、答えが書いてあるはずです。
僕はまだ珈琲に深く足を踏み入れてるわけではありませんが、クリームソーダを作る際のシロップやソーダの分量、作り方で決めていることがいくつかあります。
大坊さんのお話は、僕自身が決めてやっているスタイルに通ずる何かを感じさせてくれました。
終わりに
10年近く憧れていた大坊珈琲店、大坊さんの珈琲にやっとたどり着くことができました。
静謐な空間のなか、静かに珈琲と向き合う大坊さんの姿に圧倒されましたが「緊張なさらずに」という大坊さんのお声で、おいしく味わうことができました。
帰り際、大坊さんとお声がけすると「珈琲の味だけじゃなくて、人とのつながりが好き・大切だから続けてこられたんですよ。楽しいですよ。頑張ってください」と言葉をくださりました。
これからの喫茶七色がどうなるかは、まだ僕自身も分かっていませんが、僕にはいろんな生き方に対する大切な教えのように聞こえたんです。
大坊さん、本当にありがとうございます。
喫茶七色|akira