電車の中で本を読めるのはきっと贅沢な時間だ

電車の中の写真

「本を読みたい!」と思っていても、仕事やら何やらで忙しく読書の時間を取れない、取れたとしてもあまり集中して読めない状態が続き、悶々とした気持ちで最近過ごしがちでした。

普段は電車を使わずに東京での暮らしが簡潔してるんですが、たまには電車を使って出かける機会もあるので、その日は何となく本を携えて僕は家を出ました。

座席に腰掛けていざ本を開くと、これまた驚くほどよく読めるんです。車輪の音とか電車の揺れ、車内放送、少し外れた席から聞こえる誰かのおしゃべりなどなど、普段なら雑音でしかないはずなのに、なぜか集中して本を読むために必要な一部であるかのような気がしました。

正直な話、僕は自分の部屋で集中して読書できる方が羨ましくて仕方ありません。

意志の弱さゆえなのか、部屋ではどうしても他のものが目に入ってしまい、そこで読書がリセットされてしまうような感覚になります。好きな音楽をかけてても、そっちに耳が向いたり、アルバムが終わったら別の音楽をかけないといけないですし。

僕もやりますし、ほとんどの方もそうですが、電車の中ですることといえば大体がスマホですよね?
ゲームとかマンガ、動画、ニュースのチェックとか。

でも、読書をされている方、特に若そうに見える方だと、どんな本を読んでいるのかつい気になってしまいます。

電車の中で読書をすることに対しては、喜多川泰さんの『書斎の鍵』、島田潤一郎さんの『電車のなかで本を読む』という本が言及してたりします。

島田潤一郎さんの著書『電車のなかで本を読む』の写真
『電車のなかで本を読む』

特に島田さんの本はいわゆる選書本なんですが、異常にその本をすすめたり、作者の考え一辺倒になるような、選書本特有のバイアスがかかった感じが一切ありません。

「本を読む習慣のない、高知の親戚たちに向けて」というコンセプトのとおり、ジャンルレスで色んな作品を事実・読んだときの感想・過去の自分の経験とのリンクで自由に綴られています。

個人的には、電車の中での読書はスマホに対するアンチテーゼではなく、自分の意思・選択に基づく行動だと思っています。
だから、「電車の中で本を読む俺カッコいい」とか、「俺こういう本読んでるんだぜ!」みたいな感情は一切ありません。

読書をできないことにつらさを感じていたとき、電車で過ごす本のある時間が本当に心地よく思えたんです。

都内では電車で移動する機会が特に多いと思いますから、少し長めに座席に腰かけられるとしたら、本を読むのもオススメです。明日もちょうど電車を使うので、読みかけの本を持っていこうと思います。

喫茶七色|akira

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