くどうれいんさんの『桃を煮るひと』は、2023年6月にミシマ社より出版。
帯の「5年ぶりの食エッセイ集」に該当するのは、2018年の『私を空腹にしないほうがいい』という作品。
グラフィックデザイナー 脇田あすかさんが担当した装丁の美しさ、山崎愛彦さんのリアルな食べ物のイラストも素敵な1冊。
今日は書籍のこと、サイン会で実際にお会いした時のことなどをまとめていきます。
書籍のこと
くどうさんの『虎のたましい人魚の涙』という作品に初めて出会ってから、新作が楽しみで仕方なかった折、桃を煮るひとの出版とサイン会の開催を知り、サイン会まで読むのを我慢していました。
作品では、現在や過去、時には未来にも行き来しながら、たくさんの食べ物・人とのエピソードがまとめられています。
作中の「ひとりでご飯を食べられない」というエピソードでは、表題どおりの内容ですが、ひとりで食べることに何の抵抗もない僕としては少し新鮮な目線で。
わたしは食事を「おいしさをだれかとぶつけあうための行為」だと思っているのかもしれない。おいしければおいしいほど、その驚きや感動をだれかといますぐ語り合えないことがつらくて悔しくて堪らない。
ひとりでご飯を食べられない P21
たしかに友人やパートナーと一緒なら、いつものご飯も1人の時よりおいしく感じられる気がします。誰かと一緒にご飯を食べる喜び、同じ時間を味わう楽しみをもっと増やしたいと思えました。
読んでいて感じたのは、記憶や想い出・季節を味わう今この瞬間・これからの抱負などが、自由な言葉で記されていること。「あ~わかる」という共感から、クスッと笑えたり、ちょっと胸が熱くなったり、本の中で言葉が踊っているような感覚でスッスッと入ってきます。
料理やエッセイが好きな方はもちろん、たまに来る無性に活字に飢えている時にも読みたい本です。
また、「くどうれいん辞典 二〇二三」という、出版してすぐの頃についていた特典も必見。
くどうさん本人による全著作の解説、書籍の制作に携わった方々からのメッセージ、岩手県盛岡市にある書店BOOKNERDの早坂大輔さんによる特別寄稿などなど、豪華な小冊子になっています。
くどうさんにお会いできたサイン会
くどうさんとは、実は一度お会いしています。
都内の書店で出版を記念したサイン会が開かれるという情報を目にして、「これはもう行くしかない!」と速攻で申し込んだんです。
サイン会では僕とくどうさんで話した内容よりも、その前にとある男性のファンとされていた話が印象的でした。
男性を(男)、くどうさんを(く)にして、その時の会話を思い出します。
(男)「同い年なのに、こんなステキな文章書けるの本当にすごいです!」
(く)「いやいや、全然すごくないです!すごくないんです。まずは書いてみましょう!日記でもいいから。少しずつ始めて、書くことに慣れていきましょう!」
僕はその時、「あ、やっぱりそうなんだ」と、その言葉が自分のなかにストンと落ちてくるような感覚になりました。
かくいう僕とくどうさんは同い年。書き続けた文章が本となり、世に広がっていく同い年の姿は尊敬しかありませんが、くどうさんの謙遜は決して大げさではないように見えたんです。
実際は分からないけれど、日常のできごとを言語化して、伝えたいことがあるからこそ、くどうさんは書いているのではないのかと。
ここから先は個人的な考えです。僕は書くという行為がすべて喜びだとは思っていません。むしろ、つらいことも多くあります。書いては消してを繰り返して文章ができて、そこで「ヨシ!」と思っても、あとから読み返せば「なんか変だ」と恥ずかしくなる時があります。
書くことは決して簡単ではなく難しい。文章の手直しに終わりはないけど、自分で終わりを決めなければいけないという、けじめのようなつらさを感じます。
つらいけれど、書き上げた文章は、「自分が生きている」という揺るぎない証であるように思えます。
だから書きたいんです。書きたいことがあるから。伝えたいことがあるから。
という自分の話はここまでにして、サイン会の最後、お礼を伝えて帰ろうとした時にくどうさんが一言。
「94年世代は大谷翔平さんや羽生結弦さんのようなスーパースターがいて、何かと比べられがちですけど、お互いに頑張っていきましょう!」
こうして『桃を煮るひと』はずっと自分の暮らしとともにありたい大切な本になりました。
今度お会いできる機会があれば、その時は「クリームソーダの人」としてご挨拶したいです。
喫茶七色|akira
書籍の詳細情報
書籍の詳細に関しては、ミシマ社の公式ページをご覧ください。
また、通販サイト、一般書店でもお手に取ることができると思います。