屋台ラーメンの想い出

初めて屋台ラーメンを食べたのは中学生の頃。地域の情報誌に夜になるとどこからともなく現れ、おいしいラーメンを出すという屋台を見つけ、親に頼んで連れて行ってもらったのだ。

そこはバッティングセンターの駐車場を借りていて、バッティングセンターを目的にする人もそうでない人も、ラーメンに舌鼓をうっていて、その屋台はいつも混んでいた。

お店ではなく外で、しかも夜遅くにラーメンを味わうというのは、子どもながらに背徳感というか特別感のようなものがあり、よりいっそうおいしく感じたものだった。

当時は他にも屋台ラーメンのお店があった。普段は近くにお店があるけれど、夜になるとバスロータリーで準備を始め、明かりがついて夜中までの長い営業が始まる。

家族連れ、タクシーの運転手、帰る前の締めにやってきた酒呑みなどなど、たくさんの人たちがやってきたから、ラーメンを待つ間に人間観察ができるのが楽しかった。

屋台ラーメンに行くのは、たいてい父親を迎えに行くときだった。

仕事柄、父は飲み会が多く、飲み会がある日は夜の11時近くに電車で駅に帰ってくる。

そこから家の最寄駅までは乗り継ぐ必要があるが、その時間は終電が終わっていて、バスもないしタクシーも高すぎるから、母が迎えに行くしかないのだ。

そこで金曜や土曜になると、次の日は何もないから、父を迎えに行くことを口実に夜食にありつけるというわけだ。

外で味わうラーメンというのは格別だった。

特に冬、雪が積もっていない時期は寒空の下でラーメンを待ち、白い息を吐きながらアツアツのラーメンを食べる瞬間は、一番の贅沢だったのではないかと思う。

そんな2件の屋台ラーメンだが、店舗化や駅前の再開発でいつしかなくなってしまった。

屋台はなくなってもお店はあるので、帰省する際に寄ることがある。

おいしいはおいしい。だけど、なんだか物足りない。

それはきっと、父や母と一緒に食べた屋台ラーメンの想い出や、夜空の下で食べる非日常の特別感などがあったからだろう。

実は駅前のお店が、また屋台ラーメンを復活する話があるらしい。コロナウイルスの関係で延期しているけれど、知っている人からしたら嬉しい希望だ。

いつになるかわからないけれど、きっといつかまた屋台としてラーメンを味わえる日が来ることを願って。

そのときは中学生だったあの頃や、父や母と一緒にラーメンを食べた記憶が蘇ってくるんだろうなぁ。

喫茶七色|akira

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