就活の女神様

大学3年生の秋頃から、インターンや面接対策なんていう言葉が同級生の間でも交わされ始め、年が明けると就活が近づいていることをより一層強く感じた。

実際に就活解禁日を迎えてからは、大きなホールで開催される合同企業説明会に参加したり、気になる企業に直接足を運んで話を聞かせてもらったりして、一部の企業との選考も始まった。

ちょうどその頃、すてきなお店を見つけた。そこは5坪くらいで、店主のFさん(女性)がセレクトした雑貨が集められている小さなお店。キャンドルやグラス、手編みのバスケットや赤ちゃんが遊べるおもちゃまで、どれも作り手の顔や手仕事が見えるような温かさを持っていた。

ギフトをコンセプトにしたお店だったから、商品を入れる箱や袋のデザインもすてきだったし、丁寧に結ばれたリボンも美しかった。

Fさんのお店を知った理由は、今となっては思い出せない。地域に特化した雑誌に載っていたかもしれないし、たまたま通りかかり気になって入ったのかもしれない。

お店に来る方は30代の女性が多かったから、大学生の僕がお店に来るのが珍しかったらしく、次第にFさんと話すようになっていった。

就活は第一志望の企業との面接が始まり、1次面接から4次面接を経て内定が出る企業だった。ほぼ初めての面接。

1次のグループ面接では「私をひとことで表すと〇〇です!」という他の就活生の言葉を聞きながら、淡々と面接は進んでいく。手応えはわからなくて、面接が終わったそのままの足で僕はFさんのお店に向かう。

Fさんは僕のスーツ姿を察して「面接どうだった?」と声をかけてくれる。面接の感想を伝えながら、Fさんが当時就活していた頃の話も聞かせてもらい、その日はそのまま家に帰った。

2~3日経って2次面接の案内が来て、たしか人事の方と面接をした。
面接後はまたFさんのお店に行ってすぐ、就活サイトのメッセージボックスにはその企業との3次面接の案内が届いていた。

「あれ?もしかしてFさんのお店に行くから面接が通っている?」
というふうに僕は思い始めた。

いや、そんなことはないんだろうけど、当時の僕はそう思っていた。そう思っているほうが気持ち的に楽だったし、Fさんと会えるのが嬉しいとか単純な理由だったけれど。

そして3次面接、最終の4次面接も終わった後はすぐにFさんのお店に行き、話をしたり買い物をさせてもらったりして、最終的に第一志望の企業から内定をもらった。

「どうしてたくさん来てくれるの?」と、ある日Fさんから聞かれたことがあった。

「あなたが僕にとっての就活の女神様だからです」とは言えず、適当な答えで濁した。

そのお店は今はもうない。
Fさんは別の土地に移住したらしく、そこで新たな生活を送っているらしい。連絡先は知っているけれど、あくまでお店とお客という関係だったから、なかなかメッセージを送れないままでいる。

大学を卒業し、上京する少し前。
お礼を伝えたくてFさんのお店に行くと、就職祝いだといってFさんが箱を手渡してくれた。

いつもいいなぁと思っていたきれいな箱が、包装紙で包まれてリボンで結ばれていた。

家に帰り、箱を開けてみると、ずっとお店で憧れていたグラスが入っていた。
そして、手紙も見つける。手紙には、お店に来てくれたことのお礼、就職後の活躍を祈る内容が書かれていた。

今もグラスは大切にしている。
グラスを見ると、あの小さなお店の中でFさんと楽しく話していた日々を思い出す。

あれからだいぶ回り道もしたし、どこに向かいたいのかまだ決められていない。
けれど、たしかにあのとき、勝手ながらFさんが僕の就活を支えてくれていた。

いつかFさんとお会いするときがあれば、自分の言葉でお礼を伝えたいと思っている。

喫茶七色|akira

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