夏休みを利用して実家に帰ったとき、祖母があまり長くないことを父から知らされた。
でも、限られた面会時間に都合を合わせることがどうしてもできず、諦めて東京に戻った3日後、祖母が急に亡くなったことを知らされた。
最低限の荷物をまとめて実家に帰ると、仏間には棺が置かれていた。
それを見たとき、僕は祖父が亡くなった12年前のことを思い出した。あのときと同じ光景だと。
棺の中で静かに眠る祖母は、ここ1年か2年くらい会えなかったけれど、僕が知っている祖母そのものだった。
あれはいつのことだろう。たしか祖父が亡くなってからそんなに日が経っていない頃。
祖母は急に認知症が進んだ。同じことを何度も言ったり、家族に疑いをかけたりもしていた。具合が悪いわけでもないのに1日中ベッドの上に横になっていて、声をかけても動こうとしない日が増えていった。
デイサービスにも行きたがらず、僕は祖母に頼まれて迎えに来た介護士に何度も居留守を使っていたことを思い出した。
そうして、僕は就職やら何やらで知らぬ間に、祖母は施設で暮らし始めた。
コロナ前、面会という行為がまだ比較的緩かった頃、僕は一人で祖母に会いに行ったことがある。
久しぶりに会う祖母は車椅子に座っていて、おやつの時間を一人で楽しんでいた。僕が近づいて「おばあちゃん」と呼び、祖母は僕の声に反応したけれど、僕が誰かわからない様子だった。
認知症だから仕方ないと言われればそうだけれど、祖母が孫である僕の存在が記憶にない、もしくはあやふやになってしまったという事実にひどく悲しくなった。
面会時間も終わりに近づくなか、一緒にどんな話をしていたか記憶が定かではないけれど、祖母は僕をじっと見て「あんたは昔のお父さんによく似てる」と呟いた。
僕は父親にだから、祖母にとって自分の息子である父の若い頃に、孫の僕の姿を重ねたのかもしれない。
そういうわずかな記憶は、祖母の頭の片隅に残っているんだと気づいて、その後すぐにコロナがきた。
面会も限られた人間のみが許されていたから僕は機会がなく、父に勧められて一緒に祖母を見に行ったのはそれから数年後のことだった。
久しぶりに見る祖母は随分細く小さくなり、コロナ前に会った祖母とは別人のようだった。父が声をかけてもあまり反応せず、どこか気だるそうにしていて、僕はそういう祖母の姿を見るのが辛くなっていった。
想い出に残す記憶はできるだけ綺麗なままにしたい。僕はそう思っていた。だから、実家に帰っても祖母に会いに行くことはほどんどなくなっていた。
そんなことを思い出していても、通夜に告別式と別れに必要な儀式は次から次へとやって来る。祭壇に飾られた祖母の遺影は、米寿の記念に施設で撮った1枚らしい。
少しふくよかで笑顔の様子は、僕が知っている元気な頃の祖母と寸分違わない姿だった。
僕は今回も祖母の遺影を携えて父と一緒に火葬場へと向かう霊柩車に乗った。
それは12年前に祖父を送り出したときも同じだった。
火葬場では「最後のお別れです」と係の人が棺の一部を開ける。棺の中で眠る祖母の顔を見ると、本当にもうお別れなんだと涙が出そうになった。でも、僕はそれを堪える。
施設で暮らす老いていく祖母の姿を見たくないと思っていた時期があり、そんな僕に泣く資格などないからだ。
炉に棺が納められて扉が閉まる。ここで本当のお別れ。
骨上げも無事に終わった。
火葬場を出ると太陽が雲に隠れていて、その隙間から光が幾筋にもなって地上に射し込んでいた。
「まるで祖母が空に導かれているようだ」と思ったとき、僕はもう堪えることができなかった。

祖母との想い出が、急にいくつもいくつも頭の中で再生され始める。
一番古い記憶は祖母が塩ご飯の海苔巻きを作る姿。それから褒められたり怒られたりしたこと。本当にいろんな記憶がとめどなく溢れてくる。
祖父が亡くなった後の祖母は、僕といるといつも「早く死にたい。早く迎えに来てほしい」とばかり言うようになった。
その言葉を聞くたびに「そんなこと言わないでよ」と僕は言っていたけれど、そこから12年も経ってしまった。
祖母はやっと先に行った祖父に会うことができたんだ。
そう思うと本当に長い道のりだったと思う。
祖母は自分の母が88歳で亡くなっていたから、そんなに長生きしたくないと言っていたが、本人は91歳の大往生で、最後の日は気持ちよくお風呂に入った後、息をするのを忘れたかのように眠るように旅立ったのだそうだ。
悲しいと言われれば悲しいけれど、それよりもお疲れ様でしたという気持ちのほうが大きい。
でも、やっぱり悲しい。こうして書けば書くほど涙が出てきてしまう。
ただ、きっと祖母は祖父に会えているのだろう。そう思うことは生きている者の勝手な想像、勝手な慰めだけれど、そう思わずにはいられないのだ。
今度帰るときは、祖父の遺影に祖母が並び、お墓にも祖父と祖母が一緒になっているはず。
そのときまでに自分の気持ちを落ち着かせて、2人に語りかけられるようになりたい。
喫茶七色|akira