あの人もグラスを傾けていたことに思いを馳せて

いつものバーの扉を開けると、遅い時間にもかかわらずお客さんが誰もいなかった。
すると僕は少しだけ嬉しくなる。

なぜなら、マスターと話せる時間があるからだ。
他にお客さんがいると、会話があっちこっちにいったり、話したいことも話せなくなったりする。

そうして飲んでいると、ふと前にした話を思い出して、僕はマスターに声をかける。
「マスター。そういえば◯◯さんとの思い出聞かせてくださいよ」

マスターはその昔、文化人やセンスの良い人たちが集まる・暮らす街で修行していた時代があり、〇〇さんもマスターが印象に残っている一人だったそうだ。

そのエピソードとは、大のお酒好きである〇〇さんがカクテルをオーダーをした際、以前のオーダーを覚えていたマスターに対して、その心づかいやセンスに感動したという話。

そのオーダーは昔が本来のレシピだけど、今は主流ではないらしく、バーテンダーだったら「おぉ」と思うらしい。

僕はマスターから、そのエピソードが記されたものがあると聞いて、ネットからなんとか見つけ出してきてからというものの、たまにマスターの昔話を聞かせてもらうようになった。

全然知らなかったけれど、カウンター板とスツールは、当時修行していたお店からそのまま持ってきたらしい。

お店に当時来たことがある方の名前を聞くだけでも、本当にすごい方々ばかりなのだ。

僕もいつの間にか、そのバーで座る場所が無意識のうちに決まっている。
マスターからの話を聞いてから、僕が座る場所、グラスが置かれる場所は、その昔誰がいたのかなと思いを巡らせてみる。

まだご存命の方、もう旅立った方もいるけれど、憧れのあの人と同じ場所に自分がいると思うだけで、いつもの1杯がもっとおいしくなる気がした。

喫茶七色|akira

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