大学を卒業し、新卒として酒業界のとある会社に入社した。
でも、僕は1年もせずに辞めてしまった。
当時の同期には引き止められたし、「大手なのにもったいない」と周囲からも言われたけれど、そんな言葉は頭に残らないくらいに、辞めることばかり考えていた。そして、事実として辞めた。
知人と仕事の話になると、決まって早く辞めてしまった理由を聞かれる。
当時は嫌な思い出ばかりしかなかったから、「週3くらいで終電まで飲み会がある」とか、とにかく会社の悪いところばかりを言っていた。
そうして何年も経ってから、思い立って当時の会社に関連する方と会う約束を取り付けた。(その方とは仲が良かった)
何年ぶりかに歩く、最寄り駅から会社までの道。坂を下って上って、当時勤めていた会社が見えてくる。当時は当たり前のように行き帰りを歩いていたけれど、こんなに距離があるのか?と驚くほどに遠く感じた。
扉を開けると、約束の方が出迎えてくれたが、後ろには見覚えのある方がいる。その方は事務を担当されている方だった。どうやら思い出したようで、笑顔で話しかけてくれる。
ついでだからと、オフィスのほうにも一緒に顔を出した。当時の先輩社員もいたが、あの時指導してくれたのと同じように、気さくに話すことができた。
その後、約束の方と一緒にご飯を食べながら、同期のことや会社のことなど、自分がいなくなってからのアレコレを話してくれた。
また会う約束を取り付けた帰り、駅のホームで電車を待ちながら、ぼんやりと考えてみる。
「あそこにいたことは本当に悪い思い出ばかりだったのか?」と。
すると、当時の記憶が甦ってきた。
新入社員として初めて配属された日のこと。先輩社員の営業に同行した日のこと。叱られたこと。飲み会のことも。
ちゃんと当時と向き合ってみると、決して嫌なことばかりではなかった。
たしかに飲み会は多かったし、「肝臓を早く壊したやつが出世する!」なんて不思議な言い伝えもあったけれど、意外とお酒にかかわることは学びが多い。
例えば、ラベルを表向きにして注いだり、日本酒の入ったとっくりの持ち方とか注ぎ方とか。別に覚えてなくても良いけれど、そういうのを見ている大人も少なからずいて、「若いのにちゃんとしてるな」と褒められたりもする。
それは、その会社にいたから学べたことの1つかもしれない。
あと、人はみんなステキな方ばかりだった。同期もそうだし、配属先の先輩、上司、関連会社の方々もみんな大好きだった。
結局のところ、「嫌な状態」で辞めてしまったから、嫌なまま記憶に蓋をしていただけだったのかもしれない。
数年間という期間と、今日会うことができた方のおかげで、自分の記憶を整理して折り合いをつけられたんだと思う。
当時の会社でのできごとを話すと、ほとんどの人が「ブラックだね」と言った。
傍から見たら時代錯誤だなと思うこともたくさんあったし、当時も今も変わらないのかもしれない。
でも、自分の中で悪い思い出ばかりじゃなくて、良い思い出もたくさんあることに気づけた。
記憶の一部を上書きできただけでも満ち足りた気分だったし、自分は自分なりに進んできたんだなと思えた瞬間だった。
喫茶七色|akira