年齢を重ねることに見え隠れする喜びと悲しみ

1年ぶりに名古屋に行き、大学時代からお世話になっている方々と久しぶりに再会しました。

当時は10代だった自分も今や20代後半、もうすぐ30代になろうとしています。

10年以上の付き合いが続いているのは嬉しいですが、自分と同じように今回会えたみんなも年齢を重ねていることになります。

50代だった方は60代、60代だった方は70代。

みんな僕に会えることを喜んでくれるのは嬉しいですが、僕は少しだけ寂しさを感じてしまいました。

もちろん、今は大切だと思います。でも、見た目は皆さん変化しているんです。例えば、白髪が増えたとか顔のシワが深くなった気がするとか。

僕が勝手にそう思っているだけで、皆さんはあまり気にしておらず、むしろいろいろ達観して人生を楽しんでいるように見えました。

人って勝手に想像する動物です。僕は会えることの嬉しさ反面、順番でいえば僕よりも早く死を迎えて、いつか会えなくなってしまう日が来るという揺るぎない事実に改めて気づきました。

現に常連の◯◯さんが亡くなったり、旦那さんや奥さんが亡くなったりなど、僕がお店に通い始めたときよりも、死の気配というのがずいぶん濃くなったような気がします。

会っている時間も、1つひとつの動作に衰えというのを感じます。腰が曲がったり、立ち上がるのに時間がかかったり。

僕の記憶にある◯◯さんの姿と今の姿にギャップを感じて1人悲しくなり、話している最中にもかかわらず、思わず涙が出そうになってしまいました。

会う人みんなが「akiraくんももうすぐ30かぁ。まだまだこれから何でもできるね!」と口々にそう言います。

でも、僕はまだそのイメージが正直うまく見えていません。20代を自分なりに努力しましたが、それが30代につながっていくのか?それともつながらないのか?はたまた、まったく別の何かを始めるようになるのか?

でも、それは誰にも分からないのだと思います。

今回言いたかったのは、10年前と今を比べると、僕がお世話になっている方々は今のほうが楽しそうで、皆さんやさしい顔をしているということです。

なぜそうなのか?自分なりの仮説はいろいろありますが、ここで書き出しても本人たちにしか分からないはずなので、詳しくは書きません。

でも、僕も年齢を重ねたときに、皆さんのようでありたいなと思いました。

まず僕は今をきちんと生きることから始めようと思います。

過去から今、今を積み重ねた先に未来があるのですから。

喫茶七色|akira

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