誰かの好きな味が自分の好きな味に変わるとき

フードエッセイストの平野紗季子さんが、10年ぶりの新刊『ショートケーキは背中から』を上梓された。

popeyeの連載をまとめた『味な店 完全版』以来で読む平野さんの文章は、いい意味でズバズバ切り込んでいて、切れ味は鋭いけれど、お店へのリスペクトや食への愛が深く、読んでいて心地よかった。

そんな平野さん、幼少期は代官山と中目黒の間に住んでいたらしく、そのエリアに今もあるお店もいくつか紹介されていて、1つが中目黒の「ヨハン」だ。

ヨハンは目黒川沿いに佇むチーズケーキ専門店で、「本物のチーズケーキ」にこだわり続けている。無着色・無香料・保存料を使わずに作られており、創業から50年近い今も当時のレシピを忠実に守っているらしい。

そんなヨハンと平野さんの想い出話を読んで、僕も久しぶりにあのチーズケーキが食べたくなった。散歩がてら目黒川沿いを歩き、ヨハンの扉を押す。

ショーケースにはチーズケーキが並べられており、4種類のラインナップはずっと変わらない。
ただ、残念だったのは、平野さんが愛してやまないという「サワーソフト」はすでに売り切れだったこと。

「あー、わかる。あれ本当においしいもんね」なんて思いながら、ナチュラルにメロー、そしてブルーベリーの3種類を眺めてみる。手堅くナチュラル、ブルーベリーの酸味も捨てがたいけれど、「まろやかな甘み」という言葉に惹かれて、今日はメローにした。

1切れでも真四角の箱に入れてくれるケーキ屋さんも多いけれど、ヨハンは小さな紙袋に包んでくれる。その素朴さとか気楽さが好きだ。
家に持って帰り、さぁ食べようかと思ったとき、ふと本棚を眺めてヨハンのことが書かれた本があるのを思い出した。

その本は松浦弥太郎さんの『くいしんぼう』で、久しぶりに手に取りページをめくると、たしかにヨハンのことが書かれていて、それを見てヨハンに初めて行ったときを思い出した。

当時も川沿いを散歩してヨハンの扉を押し、紙袋に1切れだけ包んでもらい、持って帰った気がする。

前置きが長くなったが、「誰かの味がいつの間にか自分の味に」というのは、僕はこうしていろんな本から、作者が愛してやまないお店やおいしい食べ物のことを知り、実際に味わって僕も好きになることが多いのだ。

そして、誰かに「おいしい◯◯知らない?」なんて聞かれると、「チーズケーキなら中目黒にあるヨハンがおいしいよ!」と伝える具合だ。

今回のヨハンについて言えば、松浦さんから知って、平野さんからも良さを再認識し、僕の中でヨハンに対する好き度合いがさらにアップした。

松浦さんも平野さんもお会いしたことがないけれど、あの方が好きな味を僕も好きになって、同じ好きを共有させてもらっている感じがして、どこか嬉しい。僕にとって憧れのあの人も味わってるんだよ~みたいな。

久しぶりに食べるヨハンのチーズケーキはおいしくてペロリと平らげ、もう1個買えば良かったとちょっぴり後悔した。

でも、だから次また行けばいいし、平野さんが好きだというサワーソフトを買えるように、早めに行こうと思っている。

喫茶七色|akira

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